佐野史郎・文学館

直観のラヴクラフト

1997/11/22
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映画『ネクロノミカン』で使われた魔道書が何故か佐野家にある。開けて読むと頭が狂うと言われたため、娘の八雲は近づこうとしない。
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)のTV番組でアメリカに行ったんだけど、アメリカのツインピークスみたいな田舎町に行くと、ルーツ、ルーツって先祖を非常に大切にするのね。ひいおばあちゃんがもう神様なんだよ。
それは出雲民族が天照大神や大国主尊を崇めるのと同じなんだよ。その血の騒ぎ方が、水木しげるにしてもラヴクラフトにしても、ピタっとくるんだよね。インスマスとかアーカムというのは直感的に細胞に入ってくる感じがするんだよ。

そうしたルーツのことを考えると、佐野くんは小学校の時に東京から転校して松江に帰ってきた、いわばエトランジェ(異邦人)なわけじゃない。それは小泉八雲も同じなんだけど、だからかえって強く土着のものを意識するようになったんじゃないかな。

実際に学校に入ったときの違和感というか、アウトサイダーな感じは、ラヴクラフトを読んだときの感じと似てたかもしれないね。
オレの場合は母方が出雲大社だから天照大神がルーツだし、父方は平家なんだよ。

メチャクチャだね。

なんか、ラブクラフトを読んでいても、感性として日本人にとっても近いような感じがするんだよね。

うーん、ラヴクラフトはアメリカ人なのにイギリスに近い感じがするんだけどね。

イギリスと日本は似てるんだよ。(笑)やっぱりポーやダンセイニの影響力が強いんだと思うよ。キーワードはダンセイニだよね。

稲垣足穂もダンセイニだし?

うん、だから勉強し直してみようと思ってるんだ。

曇天の穴

 食事を摂るよう再三妻に声を掛けられるが腹など空かず、漸く階下へ降りていったのは翌日の夕方にならんとする時刻であった。
 再たもや家族は誰一人見当たらず、居間に座り込んでいると庭に虹が今日も掛かる。苔むした庭もゾロリと動く。これは今日も湖が隆起し、曇天に半円の宇宙への穴が開くに違いないと思いキャメラを手にすると、急ぎ自転車に股がる。今日こそ写真に収め幻覚では無い事を証し、来週の学会ではこの超常現象を科学的に解明する事で太古よりの神話の謎をも解明する手掛かりとしたい。
 しかし湖の光景は何の変哲も無く平凡な様相を呈していた。――もう少しすれば雲に穴が開くのではないかと待つが辺りは暮れてゆくばかり。
 水辺に降りて手持無沙汰にキャメラで風景を撮る。
 ファインダーの中を覗くと、曇天の空、左方向にポッカリと漆黒の闇が口を開けていた。陰影の逆転したこの風景。
 無心でシャッターを切ると足元が冷たい。興奮して湖の中に入って行ってしまったのだ。いやそうではない。水が、水が、私の足元より這い上がって来る。腰まで……持っていたキャメラを私の手から奪い放り出させると、もう胸を覆って首まで水は上って来た。助けを求めても誰も振り返りもしない。
 私は湖の真ん中辺りまで連れ去られ、数十メートルの高さまで持ち上げられて溺れていった。いや、溺れていったのではない。私は喰べられていることを悟った。その水の形をしたそのものは、カーター氏より送られてきたあのディスクに記されていた先カンブリア代から地球を支配しているというウボ=サラスだという事を知ってしまったのだから。

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佐野史郎「曇天の穴」
学研ホラーノベルズ『クトゥルー怪異録』
学習研究社刊(p13〜14より抜粋)