ムッシュかまやつさんが亡くなった。
初めてお会いしたのは、遠藤賢司さんのライブのゲストで出演なさっていた時だったかな?
渋谷のエッグマン。
状況劇場を退団したばかりの1985年くらいだったと思う。
エンケンさんにお誘いいただいて、タイムスリップとしてバックを務めさせていただいていた頃。
打ち上げの居酒屋でお話しさせてもらったのが最初。
その後、音楽番組などでも何度かご一緒させていただいた。
1992年、ドラマ「ずっとあなたが好きだった」の冬彦役が注目を浴び、そんな流れの中でソロアルバムの企画が立ち上がり、ならばと、ムッシュかまやつさんにお声をかけ、曲を書いてもらった。
作詞・佐野史郎、作曲・ムッシュかまやつ「悪いことが好き」。
ムッシュが、ソ連のラジオのジングルで始めたいと、子供の頃に聞いたラジオの音にこだわり、導かれての曲だった。
Dr/大口ひろしexテンプターズ、B/ルイズルイス加部exゴールデンカップス、G/ムッシュかまやつexスパイダース、加えて、バンドを始めた当初から信頼深いKey/エマーソン北村exじゃがたら。
アルバム「君が好きだよ」には、小、中学生の頃から好きで20代になるまでに影響を受けた好きなミュージシャンたちにお声をかけ、夢のようなメンバーに集まっていただいた。
他にも遠藤賢司さん、早川義夫さん、鮎川誠さんにも曲を提供していただき、レコーディングにも参加していただいた。
グループサウンズからロック黎明期を彩るの夢のようなメンバー、あえて、はっぴいえんどや加藤和彦さんらTIN PAN系の方々にお声がけしなかったのは臆してもいたからだったかもしれないが、グループサウンズが日本のロックの目覚めで、原点だったからのような気がしている。
テンプターズ、ゴールデンカップス、スパイダース、ジャックス・・・スタジオで、一同が会した夢のようなセッションは忘れることができない。
その後もテレビの音楽番組やライブで何度かご一緒させていただき、最後にお会いしたのは2年ほど前の集英社の雑誌「kotoba」での対談の時だった。
「夕べもCharと8時間も飲んじまった〜」とお元気そうだったが、残念でならない。
ライブでは、ウオッカコリンズの再結成が印象に残っている。
アラン・メリル、大口ひろし・・・バンドらしいバンドだったなあ〜🎶
アシッドジャズのアレンジがたまらないっス!!
京都の新幹線のホームでバッタリお会いし、ちょうどプロモーション中だったので、サンプル盤をいただき、ハマった🎶
愛用のアンプ、VOX AC30が90年代初頭に再生産され始めた時もムッシュに代理店を紹介していただき、購入。
そのアンプも、今やビンテージ・サウンドだ。
思えば、小学校6年生の時、島根県松江市の松江公会堂のステージのかぶりつきでスパイダースを観たのがロックバンドのライブを観た最初だった。
白いテレキャスターを抱えて、小学生の僕に手を振ってくれたこと、忘れない。
アニマルズのカバー「ブーンブーン」が好きだったなあ。
「真珠の涙」「ノーノーボーイ」・・・名曲もたくさん🎶
1971年の中津川フォークジャンボリーでレザーのカバーをかけたエレキギター(テレキャス?リッケンバッカー?)を抱えての登場も印象的だった。
戦後、カントリーからロカビリーのシーンを経て、日本のロックの礎となったのは、間違いなくムッシュかまやつさんだ。
どうか、安らかにお眠りください・・・という気持ちと、向こうで、大瀧詠一さんや加藤和彦さんにもよろしくお伝えください!!と言いたくもなる。
あの世では、夢のようなアルバムがリリースされているかもしれない。
いつまでもロックしてくださいね!!
ありがとう、ムッシュかまやつさん🎶