橘井堂／春

橘井堂　佐野
2001年9月26日

佐野史郎×安達祐実ふたり芝居『春』

拝啓、秋風肌に染む頃となりました。
皆様におかれましては,益々ご健勝のことと存じます。
読書の秋、食欲の秋…と、どれを採っても充実の秋…ではありますが、繰り返し報道され続けている、アメリカ同時多発テロ事件の報復劇の行方も気がかりな日々であります。
そのような社会情勢のなか、それでも、いや、それだからこそ、「なぜこんなことになってしまうのだろう？」という、素朴な疑問に発ち返る機会だとも思うのです。
そんな疑問は日常の忘れられそうな事件とどこか重なって、アメリカの報復劇を気にしつつ、我が身の置き場を探すのか、この秋は、ふらりふらりとあちらこちらの非日常の劇場に足が向かいます。
と申しますのも、どうやら、間もなく始まる舞台のことが気になって、気が付けば、芝居の匂いに誘われているようなのです。
好きな作家や演出家の舞台には、どれも刺激を受けます。
トム・プロジェクトさんのプロデュースによる、山崎哲さんの書き下ろし新作「春」。世界で一番恐ろしい演出家との道行に、静かな高揚感を感じております。
ふたり芝居です。共演は安達祐実さん。年の差は関係なし。
恋人同士に見えるかどうか…という意味もありますが、演者としての器の大きさは並大抵の方ではありません…。なにしろ、彼女のキャリアは、歌舞伎俳優同様、物心つく前からなのですから！
胸を借りるつもりで挑みます。
さあ、「家なき子」対「冬彦」の格闘の行く末や如何に？!
「モスラ対ゴジラ」の怪獣映画に例えるならば、間に入るキングギドラこそは、演出家の山崎哲さんといったところでしょうか？
殺人を犯した恋人たちの逃亡劇は、もう、始まっているようです。
ことの顛末を見届けに、是非劇場まで足をお運びくださいますよう！「なぜこんなことになってしまうのか？」を解く鍵は、案外こんなところに落ちているのかもしれません。
末筆ながら、みなさまのご自愛をお祈り申し上げます。
世界平和に絶望しつつも、どこか願って…。
まずは、ご案内まで。

敬具
平成13年秋
佐野　史郎

『春』作・演出／山崎哲

＜スタッフ＞
美術★松野潤／照明★海藤春樹／音響★青木タクヘイ／舞台監督★武川喜俊／衣装★名村多美子／写真★福井健二／宣伝美術★鈴木歩／プロデューサー★岡田潔／企画・製作★トム・プロジェクト／協力★アァベェベェ、サンミュージック

偶然知り合った若い男女が、職を捨て、放浪の旅に出た。
ふたりは車上荒らし、置き引き、空き巣狙いなどで食いつなぎながら、いつしか東京へと流れ着いた。
中学時代の同級生にお金を借りようとおもったのだが、その友達は帰省中だった。
ふたりはしばらくその同級生の部屋に潜りこんで暮らしていたが、いよいよ金に詰まり隣室に侵入、強盗殺人を犯して逃亡する。
だが、やがて逃亡生活に疲れ、潜りこんだとある別荘の中でガス心中を図った……。
数年前、実際に起きた事件だが、なぜかいまだに私の脳裏によく焼きついている。
ひとつはたぶん、個人として生きることに価値が置かれるようになった時代のなかで、ふたりが徹底してふたりだけの世界を、「対」の世界を生きているからだろうだろう。
そしてもうひとつは、ふたりが卓上ガスのボンベで自殺を図ったからである。
そんなもので死ねるとおもったふたりが、なんとも滑稽で、哀れでならなかったのだ。
『春』は、そんな事件をモデルにした物語（フィクション）だが、それに佐野史郎さん、安達祐実さんという最高のキャスティングを得て、いまわたしの頭のなかはクラクラしている。
　　　　　　　
山崎　哲