![]() 1998/12/29 1970年の8月にはっぴいえんどの1st通称『ゆでめん』がリリースされているわ けだけれども、11月25日に出た『全日本フォークジャンボリー'70』で岡林信康聞きたさに針を落として「12月の雨の日」を聴いたのが最初だね。 それがきっかけで『ゆでめん』や遠藤賢司にはまりまくり、ついには71年8月に中津川で開かれた第3回の全日本フォークジャンボリーにまで出かけて、生のはっぴいえんどを観てきたわけだね。
そのころ深夜放送で情報を仕入れながら、『全日本フォークジャンボリー'70』『アイアン・バタフライ』『グッバイ・クリーム』『レッド・ツェッペリン登場』あたりを良く聴いてた。 フラワー・トラべリング・バンドの『サトリ』は?
ああ、『サトリ』もあったな。あった、あった。(笑)節操なかったナー。 日本中にはっぴいえんどのファンがたくさんいて、同じようにコピーバンドもいっぱいいるんだろうと思ってたものね。松江の喫茶店の「MG」でその系統のレコードがかかってたから、そうした影響力も大きいし。 大きいよね。「It's a beautiful day」の1stとかみんな持ってたもんな。1999年10月9日はMGの30周年記念イヴェントが松江であるから、WIND CITYを再結成するし、BOW WOWのキョウジ(山本恭司)も高校の時のマッドロッカーを再結成するし大変なことになるな。(笑) 『ゆでめん』を聴いたときはどう思ってたんだろう。 やっぱり、言葉が好きだったんだろうね。中学校の時から萩原朔太郎の詩とかが好きだったから、松本隆さんの詞が面白く思えたのかもしれない。松山猛さんと加藤和彦さんのコンビや、佐藤信さんのとか、寺山修司さんの詞とかすごく好きだったね。 漫画誌の「ガロ」に象徴される、『ゆでめん』の持つアンダーグラウンドな感覚に共鳴したような気がするんだけど。
いま思うと、ここにあげられた人たちの人脈を四半世紀かけて生きてきた感じがしない? ほとんど、僕らにとっての予言書のようだよね。いまとなっては全部ゆかりの人になってる。(笑) 1971年のはっぴいえんどの2枚目『風街ろまん』はどうだった? あのころ松江ではURCのレコードは売っていなくて、米子まで買いに行ったものね。 その前に松本隆の『風のくわるてつと』が出版されて、そっちの文学よりの影響が大きかったね。「ユリイカ」とか「現代詩手帖」とかも読んでたからね。 なんか、さっきから聞いてると、はっぴいえんどには細野派か大滝派かという区分け がされたりするけど、佐野くんはもしかして松本派?
松本派なんてはじめて聞いたよ。そんな派閥はないだろ。(笑)まあ、松本さんには、今度お会いするのが楽しみだよね。
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