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松聲館・甲野善紀(武術研究家)×佐野史郎 佐野◆二、三年前に「GQ」という雑誌で、甲野さんが取り上げられている記事を読みまして、体の軸をなくすだの、バラバラにするだの、ハッカーのように相手の体の中に入っていくだの、直観でこれは何かあるなと思いました。それで、合気ニュースさんから甲野さんの本を直接取り寄せて読んだら面白くて、「ダ・ヴィンチ」という雑誌で気に入ってる本として紹介したんです。そしたら、甲野さんからお手紙をいただいて、稽古にも一度だけですが出させていただきました。 甲野◆佐野さんは、私のどの辺に興味を持たれたんでしょうか? 佐野◆そのころボクが何に悩んでいたのか分かりませんが、ヒジなどを支点にして動かすヒンジ運動よりも、甲野さんの井桁理論のように、四つの支点を持った平行四辺形の力を意識した方が効果的であると聞いたときに、「私は・あなたが・好きです」というバラバラの台詞が支点を中心にしたように順々に語られるのではなく、感覚的に三つの言葉をいっしょに語るのが正解なのではないかと思ったんです。もちろん、大いなる誤解はあるんでしょうが。
佐野◆これをどう伝えたらいいんでしょうね。(笑) 甲野◆なんか、前提条件がはずれたような感じでしょ。(笑)これは、人間が自分の姿勢を保ち続けようとしているからだと思います。相手に触れた瞬間に相手の存在をつっかえ棒にしている、その時にこちらが支点を消してしまうと、力が抜けてつっかえ棒がなくなってどうしたらいいのか分からなくなるんですね。 佐野◆芝居でいうと、言わなければいけない台詞をわざと言わなかったりしたときに、どうしたんだろう、これからどうするんだろうというようなことを考えている時があってそんな感じでしょうか。芝居としては問題があるけど、あの空間がいいんですよ。(笑) (佐野をはじめ何人も実際に手合わせし、体験するが、皆いちように気持ち悪がる) 甲野◆私の説がどれだけ正しいのか分かりませんが、丸木橋を渡っていていきなり風が吹いたら、バランスをとって次の自分を確保しようとしますね。お互いが合わせた手に力が入っていると、手すりのように、姿勢保持のための情報として得られるわけです。ところが、支点を消して力を抜くとその情報がなくなるから混乱して、真っ暗の中の手探り状態になって気持ちが悪くなる。 佐野◆一瞬ですけどね。
甲野◆それに、ただ力を抜いてるのと、支点をバラすやりかたでは違います。私も100キロぐらいの体重の人ともやってみましたが、これだけは例外なくできますね。 佐野◆じゃあ、気の方が科学的なんですかね。(笑) 甲野◆人間は倒れまいとする、という前提からして科学的ではないらしい です。
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松聲館・甲野善紀(武術研究家)×佐野史郎 佐野◆台詞を言うときに、思いを込めて息をハーって吐いてから喋る俳優さんっているじゃないですか。台詞を言う前に、全てが終わってしまったぐらいの芝居をしてから、「わたし、あなたのことずっと忘れないわ」とか言われてもね。ベテランの女優さんでもあるんですよ。 甲野◆ベテランでもある?
佐野◆これが、多いんです。(笑)誰とは言わないですけど。(笑) (ここでまた実際に佐野が甲野氏の腕を捕り、それをはずすやり方の実践)
佐野◆腕の表面に、その違いは感じとして感じられるんですが、なんなんでしょう。さっきの、台詞の話しでいえば、大きく息を吸い込んでさあこれから言いますよという気配が感じられるともうお仕舞いなんですよ。だから、ただ言えばいいんですよ。
甲野◆体の状況が変わると、違ってきますね。
甲野◆時代劇でもあれば間違いなく、敵役の邪剣の使い手が使いそうでしょ。(笑) 佐野◆マネージャー、これはチェックだよ。(笑) 甲野◆人間は倒れまいとして背中に力が入って入力状態になっています。そこで両膝を曲げて腰を降ろして背中を抜くと、体の前面が分離されて、これから動こうとする気配を察知されなくなるんだと思います。 佐野おすすめの甲野善紀氏の入門書。 「古武術の発見」…解剖学者養老孟司氏との対談集(光文社) 「稽古の日々から」(BABジャパン) 「縁(えにし)の森」…氏の武術稽古研究会、松聲館の会員中島章夫氏との対談集。 「スプリット」…歌手カルメン・マキ、精神科医名越康文氏との鼎談集。(5月中旬発売予定、新曜社)帯原稿・佐野史郎 その後、甲野氏の技は、また大きく進展したらしい。その基本原理は、自らの身体をものすごい不安定な状態に置き、同時にバランスをとり続けるということで体の割れの促進を行ない、心理的には火事場のバカ力状態を引き出すというものらしい。 これは、自分の体が大変な不安定になることで、他からの攻撃など気になくなるのだろう。また、氏と会って、体験できる時を楽しみにしている。 |