佐野史郎の演劇的人生


唐十郎との再会「ねんねこ」

1998/2/6

状況劇場時代の座長である唐十郎さんの芝居に出ることになったんでしょ。

去年の夏最初の打ち合わせをしたんだけど、すぐには発表できないからね。まあ、唐組の芝居とかずっと観に行ってるし、あと観に行ってて急に舞台に立たされたりしたこともあるから、ここのところなんか近くに居させてもらってる感じはするよね。でも顔は合わせてるんだけど、劇団をやめてからちゃんと話すのははじめてだったんだ。それで、唐さんの「フランケンシュタインの娘」(福武書店)という小説を独り芝居でやることになったんだよ。

なんか、状況時代からは考えられない大抜擢だよね。先輩達は怒り心頭かもしれない 。

そうだよね。戯曲を書いてくれと頼んでもなかなか書いてくれる人じゃないからね。
解剖学の養老(孟司)先生のところに行くと、無脳児の娘を缶にいれて置いてあるんでしょ。「私の娘です」って紹介するという。

ああ、ボクも「ちょっと抱いていいですか」ってお願いしようと思ったことがあるくらいかわいい。

生きてるんでしょ。

いや、それはないよ。

なんか、植物神経だけは生きてるとか。

いやー、あれは標本だよ。

ああそうか、また唐さん特有のウソかもしれない。(笑)
その無脳児の娘を盗みだしちゃう話なんだ。これが、いい話しなんだけどね。
で、研究生公演をやるから観に来いっていうんでほんとうに久しぶりに13年ぶりに山中湖の乞食城行ったんだけど、これが大変だったんだ。去年7月、現場に付いたばかりのマネージャーのニカワの運転で行ったのよ。はっきり言って運転はヘタ。で、方向音痴。1時に着くはずが、なんか夏休みで混んでて、八王子インター過ぎたのが11時くらいになってしまって、これはダメだぞという感じだったんだよ。しかもそのうえに、ガス欠しちゃったんだよ。

えっ、高速で?

そう、アホだよな。でもニカワは「すみませーん」って言うけど、けっして暗くはならないんだけどね。(笑)
それで、JAF呼んだんだけど、1時間ぐらいかかるって言うし、しょうがないからタクシーを呼んだのよ。だけど、2キロくらい先のバス停まで歩いてその下から来るハイヤーに乗らなくちゃならなくって、ニカワはそこまで歩けっていうのよ。(笑)

まあ、この場合しょうがないね。

で、高速をとぼとぼ歩いてたら、案の定「佐野だ」って渋滞の車の中から言われちまって……。オレの近くにくるとどの車もノロノロ運転しながら見ていくんだよ。さらに渋滞ヨ。

あはははは、なんか情けないねー。ついでに、乗っけてもらえばよかったのに。

いやー、さすがに出来なかった。なんかニヤニヤするしかなかったな。(笑)ところが、ようやくバス停に着くころになって、パッパーって「JAF来ましたー」ってニカワがニコニコしながら来やがって。あんなに早く来るんだったら、いっしょに待ってればよかったよ。(笑)

ガソリンをそんなに入れてないから、クーラーをかけることもできずに、二人とも汗まみれになって行ったらしいね。

それで、結局着いたのが2時半で。

久しぶりに唐さんと話してどうだったの。

相変わらず面白かったし、新人公演もとても良かったよ。どんどんいい新人がでてきてるね。だけど、高速を歩いたという印象が強くて……。(笑)その話しを土産話に唐さんにしたら喜んでもらえたけどね。いや、そういうのが大事なのヨ。芝居は始まっているのよ。(笑)
それで、「いや、間に合ってよかったなニカワ」って言ったら、「でも、わたし思いました。乞食城とかはたいへんな場所だから、ちょっとやそっとでは行かしてもらえませんよ」って、「試練があるんですよ」っ言うんだよ。

いいように解釈するね。

そういう点ではオレ以上。(笑)
その後も唐組の公演を観に行ったら、またやったのよ。ニカワは運転が下手で方向音痴だから、駐車場を探してたらいつのまにか雑司が谷の狭い路地で車の身動きが取れなくなって、開演時間はもうすぐだったしちょっとオレも切れかけてたからそこから歩いて行ったんだよね。そしたら「佐野さん、やっぱり唐さんのところに行く時は、必ず試練をあたえられますね」って言うんだよ。( 笑)

ライヴァル出現だね。

もうメチャクチャだよ。(笑)
なにしろ右と左が分からなくなるんだよ。小さいときにアリの触覚を抜いて遊んでたから、その罰が当たったというのが本人の言い訳なんだけど、お父さんがボクサーで「右」と言われると「左」を意識するので、お父さんが右と左が分からなかったからという説もあるんだけどね。
実は先日、唐組の金井良信くんの一人芝居「電子親友」を観に行って千秋楽だったから打ち上げにも参加させてもらったんだけど、すごくいい芝居だったから早くもプレッシャーがかかるね。なにしろ後輩のはずなのに先輩みたいな気がしちまうんだ。唐さんの演出は早くも始っているというわけだ。ちなみに僕の一人芝居の題名は「ねんねこ」とその席で決まりました。
→7月に入ってから「ねんねこ」は福田和子にインスパイアされた「マラカス」に変更になりました。

佐野ひとり芝居「マラカス」事始め

1998/10/26
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★「マラカス―消尽―」チラシ
10月27日からはじまるひとり芝居の「マラカス」ですが、最初は「ねんねこ」というタイトルだったんだよね、。

最初は唐さんの小説「フランケンシュタインの花嫁」をもとにした「ねんねこ」という話だったんだけど、唐さんが福田和子事件を福井にまで行って取材して、「すばる」に「マラカス―消尽―」として小説を発表したときに、これは戯曲にしたいなと思ったらしいんだね。でも、唐組の劇団員に聞くと、秋の公演にやるはずだったらしいんだ。(笑)オレが横取りしちゃったかたちだよ。だから、何人かは恨んでるだろうな。(笑)

ここにきて、林真須美容疑者の保険金詐欺事件が脚光をあびたから、またネタがでてきたからいいんじゃない?

そうだよね、みんな参入するだろうけど、是非やって欲しいよね。唐さんは小説を書くときに、絶対に芝居にならないようなものを書こうと思うんだって。でも、小説が出来上がると、この演劇に出来ないようなものをどうしたら舞台に出来るんだろうと思うらしいんだよね。反対に演劇作品として書いたものは、これをどうしたら小説に出来るんだろうって考えるみたい。

ひとり芝居の舞台って、ここにきてシリーズ化してるよね。

プロデューサーであるトム・プロジェクトの岡田潔さんが、役者として燐光群の芝居に出て九州を回ってるころに、ひとり芝居は儲かるぞと閃いたらしいんだよ。(笑)だから、片桐はいりさんなんか200ステージとか300ステージも演ってるらしいよ。

最初に決まってたのは唐さんの方?

そうそう。「冬彦」以降、唐さんに取材が行ったりしたから「ご迷惑をおかけしております」とお酒をもって挨拶に行ったり、唐さんの作品はずっと観てたこともあって、なんとなく話をするようになってたんだよね。そしたら「夢みるように眠りたい」とかすごく評価しててくれてたんだよ。佐野がこんな役をやるんだって、ずいぶんビックリしてたみたいだよ。そういうこともあって、唐さんが誰とやろうかと考えたときに、佐野になったみたい。

久し振りだし、相手が唐さんだからずいぶん緊張もしたんだろうけど、稽古がはじまってどう?

3分の2まではほとんど演技的なダメ出しはなしで順調にきてた。唐さんが思ってたことと全然違うこともしてるんだろうけど、それでも成立していれば先に進むしね。でも、さすがに最後に来て、解釈が違うんじゃないかと言われたね。状況劇場時代もそうだったんだけど、そこが誰も出来なくて、とにかく難しいんだよ。

そこはテンションの違いとかではなく、脚本の解釈の問題なんだ。

そうそう。人の捉え方。
このあいだ東京ドームで観た、高田×ヒクソン戦にたとえれば、あれを愛として捉えるか、対立として捉えるかの違いみたいなものを表現しなければならないからね。格闘することが、相対立することが愛になるなんて分からない人にとっては難解だからね。それは劇団時代にも難しい問題であって、対立はどっちが勝つかってことにどうしてもなっちゃうんだよね。でもそれは、どっちが勝つかじゃなくて、どう融合していったかとかの問題なんだよ。戦うということが溶けあうことなんだよ。その先には死しかないかもしれないけれども、溶けあったりするんだな。

戦うという行為は、一見壊しあっているように観えて、二人で創造したり、生成していくということでもあるものね。

相反するということと、いっしょに作るということが同じだということを解釈するのは難しいのさ。それを頭では分かっていても、芝居に立ちあげようとするとこれがまた難しい。普段は分かっているつもりでも、いざ舞台で向かってこられると、よけたり、攻め返したり、押し返したりしてしまうんだよね。

逆に今回は唐さんといっしょに融合して構築していかなければならないのに、実は戦いだったりするわけだものね。

一瞬も気が抜けないよね。攻め続けなければいけないんだよ。
でも、唐さんの作品みたいに、解釈が問題になるような作品はそんなにはないんだよ。だいたい表現されているものでいいと言われているものは、一生懸命やってる姿が美しいとか、「なるほど、そうなってるのか」と仕組みを納得するようなものが多いじゃない。でも、そうじゃないんだよ。

唐さんと相対峙していたら大変だろうね。

こんなにがむしゃらにやってるのは、シェイクスピア・シアターの旗揚げ、状況劇場に入った時、「夢みるように眠りたい」での映画デビュー、冬彦に続いて5つ目やってきたターニング・ポイントのような気がするな。全部誰かと組んで何かを作ってるんだよね。

状況劇場時代も唐さんの演出だったわけだけど、演出の仕方って違ってる?。

違うよね。状況時代に戻ることもあるけど、新しい関係が生まれてる。それは、とっても嬉しいよ。でも難しいよね。それはさっきの愛と戦いがいっしょだという話じゃないけど、いい人だとか悪い人だとかいうところじゃない愛の話だよね。どっちが勝ったとか負けたに帰着するようではいかんよね。

いろいろな指示があるんだろうけれども、分からないことも出てくるでしょ。

分からないからといって、「教えてください」じゃないよね。何で分からないんだろうということを考えて、考えて(まあ、頭が悪いんだろうな)、そしたら何か突破口が見えてくるよ。「教えてください」じゃ、自分のものにはならないさ。
オレが映像の仕事をやってきて手に入れた演技の方法というか、状況の舞台ではしなかった黙って一人で舞台にずっと立ってるような芝居をしたときには、やっぱり緊張したね。こんなことをやって、唐さんは怒るんじゃないかなとか思ったし、普通の声で喋るTVでやるようなリアリズムを演ったりしたときも、怖かったな。(笑)

なんか、試金石のようだね。やっぱり勝負だね。

そうだよ。
今回の話は、四国の松山で嫉妬と愛の果てにナンバーワン・ホステスを殺害して、整形までして逃走し、15年も逃げ延びて、時効まであと何日というところで捕まった福田和子の物語だよね。
懸賞金がついたから捕まったようなものだけれど、その懸賞金を受け取った福井のおでん屋のママさんと常連客に、そのお金を何に使ったかということをリサーチに行く人間がオレなんだよ。それで、調べていくうちに、いろんなことが分かってくるんだよ。「マラカス」というのは、福田和子の指紋をマラカスを握らせて、そこから採ったからなんだな。後は、観てのお楽しみだね。

「マラカス」シアター・トップス編

1998/11/14
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★「マラカス―消尽―」より、コミヤを演じる佐野史郎。撮影・福井健二。
ついに始った「マラカス」も10ステージの東京公演も終わりましたね。しょっぱなから踏切と警報器でビックリしたけど、佐野くんの小説「ふたりだけの秘密」のモチーフでもあるし、映画「カラオケ」でも使ってるし、なんか、唐さんが佐野くんをサンプリングしてるみたいにも見えたけど。

唐さんは「ふたりだけの秘密」も読んでるだろうけど、「カラオケ」は来春公開だから見てないじゃない。どれも、唐さんが福井に取材に行ったときに発見したモチーフなんだけど、でも映画「カラオケ」に使った踏切、警報器、自転車、カラオケとモチーフがあまりにも同じでビックリだよね。中村晃子の「虹色の湖」を歌うところだって同じだし。だけど曲名は「霧の摩周湖」になっていて、唐さんに中村晃子は「虹色の湖」だって間違いを指摘したぐらいだからね。
とにかく、この時期の共時性(シンクロニシティー)には驚いた。異様なまでの歩み寄りがあって、オカルティックなほどだったよ。まあ、これほど唐さんの世界に魅かれているわけだから、偶然といえば偶然なんだけど、必然といえば必然なんだけどね。

初日はどうだったの?

やっぱり、緊張したな。唐十郎と佐野が組んでどんなことをやるんだろうって、恐い人たちもたくさん来たし、客席の目も厳しいわけよ。セリフも間違えちゃったしな。「事態」を「事実」と言ってみたり、「写真」を「記事」って言ってみたりというものだから、観ている人には分からないかもしれないけど。あとは自分の中で後を引くか引かないかという問題でしょ。

お客さんが盛り上がる日とそうじゃない日があるんじゃない?

ものすごく落差があるね。それは、こっちの体調もあるし、お客さんの状態の違いでもあるだろうけど。唐さんが良かったと言ってくれた日は、疲れてて舞台上でヘトヘトになったし、声も出なくてブレスがいつもと変わってしまって、「ここまで一生懸命やってきたけれど、オレもこれまでか」というぐらい不本意だったから怒られるかなーと思ったんだけど、「一番良かった」と言われて、また分からなくなったなー。
20日間の稽古だったんだけど、ホンが上るのが早いから初日からセリフは入ってたし、稽古では一週間ぐらい通したんだけど、稽古場と本番での音量の違いや、ライティングもあるからか、「オープニングが怖かった」とか言われても、どう違うのか分からなかったりするね。

さすがに唐さんの演出で、ぞぞっとしたよ。ラヴクラフトのインスマスみたいな顔で出てきて、たしかに気色悪かったけど、そんなに意図されたものではないんだ。

そうそう。毎日感じが違うから、表情は違うんだよ。

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★「マラカス―消尽―」より、砂に帰したコンペイトウ。撮影・福井健二。
副題の消尽にも象徴されている消費や経済の問題がコンセプトにあるとすると、モチーフとしての福田和子事件やマラカスがそのコンセプトと複層的に絡み合って、砂となって消尽していく様とか、さすがに良く出来た台本だよね。難しいコンセプトも理解してないと演じられないんだろうなと思ったな。

あれが状況劇場時代に出きれてばなー。(笑)でもそれは、人に言葉で説明できることじゃなくて、舞台に立ってはじめて発露できることなんだよね。官能的なことはコンセプトが分からなくても演じることが出来るし、冒頭のセリフから最後まで、自分はこう思うという(唐さんは「I Thinking」と言ってたけど)やり方でも成立するんだけど、自分を消してしまうことで手に入るものもあるんだな。
初日は堀切(直人)さんが来て、ボロクソに言われたな。唐さんの世界じゃなくて、佐野が語ってる世界じゃないかと。唐さんには、稽古中にそう見えたらしめたものだと言われたけど。

さすがに、そうは観えなかったけどなー。僕が観た日は、前半は唐さんの演出勝ちで、打倒ヒクソンよりも打倒・唐十郎から始めるべきだろうと思ったけれども、後半はうまく唐さんの語り部になっていて、それは唐さんの台本を読んでいるわけでもなく、コミヤ(佐野)の言葉として語られているように聞こえて、そういう意味ではなかなか融合してたと思ったけど。

前半は事件を説明するから、どうしてもああなっちゃうんだよ。難しいな。みんな、後半の蚊帳の部分から良くなるって言ってくれるね。あそこ以降は、体調もあるけど、一日も崩れなかったかな。

状況劇場を彷彿とさせる演出や場面も多いじゃない。でも、状況ならもっと盛り上がってテンションが高くなるはずなのに、違うなーと思うところもあった。

それは、力で直線的にそこへ持っていくのではなくて、浮遊させていくようなやり方をしたからね。唐さんもオレの芝居を観てそんな風に評してくれた。常に揺れているとかね。石橋蓮司さんには「佐野の演技には流派がないな」と言われた。そういうところは、見逃さない人だよね。嬉しかったな。甲野善紀※さんの言うような体の使い方に魅かれるのと同じように、揺れた定まらなさみたいな演技方法に魅かれているからね。まあ、そんなことが出来ているわけじゃないけど。(笑)でも、志してはいるよ。

シアター・トップスはそんなに広くないということもあるけど、満員だったし、立ち見というか座り見の人も多かったね。

初日に堀切さんに言われたこともあって、唐さんと相談して少し変えたら二日目は非常に湧いたね。それでリラックスしたんだけど、分かっていても三日目は前日をなぞろうとしてしまうんだな。なぞってはいけないという神経が働くこと自体もう駄目なんだよ。何気なく出来ればいいんだけどね。
お客さんも増えてきてるし、そうするとお客さんに媚びるというわけではないけれども、楽しんでもらいたいから内容を伝えようとしすぎてしまうんだ。それでダメ出しがまた出て、ストイックにお客さんを突き放したような芝居をしたら、唐さんは気に入ってくれたみたい。でも、オレはあまりにお客さんのリアクションがないから、不安だったな。

シアター・トップスでの公演が終わって、これから地方巡業が始まるわけだけど。

千秋楽になって、それまで台本を読んで頭では分かっていた消費の問題が、ゴーンと体にこたえたね。自分でセリフを言ってってビックリしたもの。でも、このレベルでやっとだな、これがベースでここからだなと思った。映画でも何度もそういうものは手に入れているんだよ。でも、舞台でこのクォリティーと内容と自分の状態ははじめてかもしれない。楽日に来てくれた石橋蓮司さんにも「これで、佐野と芝居の話が出来るようになったな」と言われたし、緑魔子さんにも「唐さんのひとり芝居を出来るなんて、悔しい」と言われて嬉しかったな。(笑)また旅に出て、どうなるかだね。

※甲野善紀さんといえば、カルメン・マキさんといっしょに観に来てくれたときに、いつものように刀を持ってきてたんだよね。(笑)そしたら、唐さんが異常に反応して、唐組の人間に「ちょっと、隣に座って気をつけてろ」って、けっして自分が近づこうとはしないんだけどね。(笑)後で養老孟司さんと「古武術の発見」という対談本も出してる人だと説明したら、すごく興味を示してたね。真剣を持ってるということだけで、「あれは、名刀何て言うんだ」って、唐さんにとってははやくも名刀になってるんだよね。(笑)

「オレが演出だ」怒る唐さんに、泣けた佐野

1998/12/15
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★「マラカス―消尽―」の舞台美術。
「マラカス」も地方巡業で面白い話があったみたいだけど。

浦和、埼玉、所沢、太田区民プラザ、亀有、志木と、旅といいながら自宅から通えたところも多かったね。シアタートップスと違って、どの場所も広いから舞台の間口が2倍くらいあって、とにかく動かなければならなかった。これはしんどいだろうなと思ってたし、シアタートップスですら動き詰めだから酸欠になって立ちくらみしてたくらいだからね。エーカッコしーで言うんじゃなくて、これは本当に死ぬ気でやらないと出来ないのよ。(笑)

何だかんだ言っても、もう歳だからね。

でも、丈夫なんだよな。

そうそう。お坊ちゃま育ちの割には、本当に頑丈にできてるよね。(笑)

なんか、ぶつけても、こっちは何ともなくて、向こうが壊れるからな。周りはいい迷惑だよ。(笑)
あれだけのセリフの量だから声が潰れるかと思ってたんだけど、今回は平気だったね。喉を締めつけていなかったんだろうな。無理矢理、力でねじ伏せようとしてなかったんだろうな。(自画自賛)
でも、6ステージやって休み、6ステージやって休みみたいなスケジュールだったから、金属疲労ならぬ声帯疲労があって、亀有では潰れはしなかったけどガラガラになっちゃって、声を出したら「これはダメかな?」っていう危機感があったんだ。だけど途中から出るようになったりしたんだよね。そんな経験ははじめてだったな。
楽器と同じで、ハードが丈夫で弦も切れずに上手く鳴らせば鳴るものだね。そういうふうに上手くチューンナップするのが、芝居の内容とか気合いとか情熱以前に大切なことじゃないかな。極端に言ったら、大事なのはそれだけ!

体もちゃんと整備していなければ走らないからね。でも、気合いや情熱は本当に必要ないの?

肉体がハードウェアだとすれば、台本というソフトをインストールして、時間をかけて肉体化するわけじゃない。あとは実行するだけなんだけど、そこにバグがあったりするじゃない。

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★「マラカス―消尽―」より、モチーフのマラカス。
芝居を続けていくうちに、そのソフトの気がつかなっかった機能を使えるようになっ たり、熟練していったりするものね。

そのためにも、まずはハードなんだよ。それが機能していく過程に必要なのが気合いかな。でも、必然的に集中していっちゃうから、意識するものでもないものだね。
地方の劇場は広いから、シアタートップスに比べると5分ぐらい長くなったりしてた。それは間延びしてるんじゃなくて、言葉を大切にしなければならなかったからだね。もちろん観客を置いてけぼりにするというアナーキーな態度もあるんだけど、演りながら伝わっているかどうかはボクも分かるから、体の動きよりもセリフをの内容を伝えるほうを選んだんだね。それで芝居が丁寧になり、必要以上の汗をかかなくなった。

唐さんの評価はどうだったんだろう?

唐さんも大阪は二日目に観に来てくれて、「シアタートップスよりもいいんじゃないか」と言ってくれたよ。

今回の巡業では特筆すべき美味いものはあった?

ああ、そうだな。芝居の話はこれぐらいにしようか。(笑)今回、唐組から久保井君が演出助手としてついて来てくれたんだけど、劇団員は大変だから彼は痩せてたんだよ。そしたら、地方に行くと三食ついてたし、見る見るうちに太っていったな。(笑)大阪に唐さんが来るときに、「久保井、明らかに太ったよなー。唐さんなんて言うかなー」ってみんなで言ってたんだ。
米沢の近くの川西町は井上ひさしさんの蔵書が図書館になっているところで、さすがに井上さんのお膝元だけあって小屋もしっかりしてたね。そこで劇作家協会に所属していない唐さんの芝居をやるのは面白かったな。だけど、お客さんも芝居を観なれているのか集中力があってね、やりやすかった。そこの近くの秘湯を守る会の温泉宿、吾妻屋旅館で、久保井は生まれてはじめて温泉に入ったんだ。(笑)

苦労人だねー。(笑)

家族でレジャーとか行ったことがなかったんだって。しかも、露天風呂だから「何か悪いことしてるみたいで、ドキドキする」って言ってたな。(笑)
吾妻屋旅館は、さすがに米沢牛の牛刺が美味かった。米沢では主催者の人が漫画家のますむらひろしさんの知り合いで、酔った勢いで電話してくれたから、「昔から、「マンガ少年」の頃から読んでました」って電話で話したんだ。あとは、神戸で食べたつぼ貝が美味かったな。刻んだ貝が詰めてあるんだけど、そこの名物みたいだった。

なんか、唐さんが怒ったというのは?

地方は、だいたい行政の主催だったのよ。すると、何のためにこのホールを作ったんだろうというような場所があるんだよね。楽屋で鏡を見ながらメイクしようとしても鏡が1メートルぐらい離れてたり、搬入口がメチャクチャな場所にあったり、照明を吊るバンドが変な位置にあったり。

学芸員のいない美術館や、演劇にも音楽にも興味のない人しかいないホール、ハード だけあってソフトに関しては何もないという話は良く聞くものね。

同じように満杯になっても、その小屋を持っている市なり町なりが、どういう観客の集め方をしているのか分かるよね。唐さんと佐野みたいなマニアックな組み合わせに目をつけて呼びたいのか、ただのTVに出てる人を呼びたいのか。
千秋楽、満席売り切れだったんだけど、それでも当日客が来てたんだ。だけど、ホールは絶対に入れようとしないんだ。そしたら、唐さんが怒ったね。舞台と客席の間に人が座れる場所は十分にあって、毛布を敷いて座ってもらうように桟敷席をしつらえてたんだよ。それなのにホールの方は杓子定規に「ダメだ」って言うんだ。
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★佐野の楽屋にかけられる、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのれん。
太った久保井が「なんとかなりませんかね」ってすがるように言ったのに、「ダメです」の一点張り。そしたら、唐さんが「なんだー、その態度は、キサマー」って怒鳴ってるのが聞こえたんだよ。(笑)オレは「始ったぞー、これでなくっちゃなー」とか思いながらパフ片手に化粧しながらロビーに出ていったんだ。(笑)そしたら、「オレを誰だと思ってるんだー」「うるさい、オレが演出だ。オレが入れろと言ってるんだから、入れりゃーいいんだ」だよ。こうでなくっちゃ、唐さんの芝居をやってる気にならないよね。(笑)そしたら館長が名刺さしだし出てきたんだ。なのに、結局入り口でお客さんを帰してたらしいんだよな。まったくお役所というのは、スゴ過ぎるよね。

今回は、お芝居をしながら社会勉強もした佐野史郎だったわけだね。

勉強しましたよ。唐さんはその社会と真っ向から戦うからね。美しいよなー。本当に、泣けたよ。オレはそういうことがあっても、唐さんみたいに「なんだー」って行かないんだな。観てるんだよな。情けない。だから、状況劇場を辞めちゃったのかな?


★マラカス――消尽――/佐野史郎ひとり芝居
作・演出/唐十郎 出演/佐野史郎 プロデューサー/岡田潔 企画制作/トム・プロジェクト 美術/松野潤 照明/吉本昇 音響/半田充 スタイリング/れいますみ 舞台美術/武川喜俊 宣伝美術/吉澤正美 協力/劇団唐組・(株)アァベェベェ・橘井堂
「座長、ただいま、お久しぶりです。
さすらった私の武者修行のうでをみせます。」
と、ある日、佐野史郎は唐のおんぼろアパートに立っていた。

消費にあけくれる諸々よ。
この消尽のマラカスを聞け!
―そこは福井、整形逃亡犯・中村ゆき子を通報したおでん屋のある町だ―