雑記帳 二〇二四年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇二三年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇二二年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇二一年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇二〇年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十九年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十八年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十七年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十六年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十五年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十四年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十三年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十二年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十一年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇一〇年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇〇九年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇〇八年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇〇七年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇〇六年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
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橘井堂二〇十七年文月二十九日

ドキュメンタリードラマ「華族 最後の戦い」の撮影を全て終え、放心状態。
あまりにも密度の濃い撮影だったので、まるで舞台の稽古と本番で2ヶ月間を過ごしたかのような余韻。
「出演、執筆等」のPOPにも記しましたが、木戸幸一役の語る言葉、記された日記には、戦争の勃発に至る状況や、戦後の天皇制を保持するための苦闘が明確に残されているので、て、に、を、は、の助詞一つまで正確に発語せねばならぬと挑みました。
松平定知アナからインタビューを受けるシーンに加え、戦後、巣鴨プリズンに収監中、GHQから受けた天皇の戦争責任、木戸自身の戦犯としての立場が明確になっていく様は、演じながらも木戸自身を体感するかのようで、常に神経を張り巡らせ、内なる緊張を強いられました。
もちろん、東條英機内閣を組閣させたゆえの太平洋戦争突入でしたから、木戸の責任は重いものです。

歴史は振り返れば、「なぜ、その選択を!?」と、愚かしく思うことが少なくないですが、「よくぞ、その選択をした」と思わされることもあります。
温故知新とはよく言ったものです。
木戸を演じていて、今の日本の状況が、まるで昭和初期に戻ったかのような感覚にも襲われました。
長州藩士、木戸孝允〜桂小五郎の孫である木戸幸一は、幕末から明治に、この国を動かした倒幕派たちの姿を、どう受け止めていたのでしょう?
何が正しい選択だったかの答えは出ずに、現実は現実として受け止めざるを得ないのかもしれません。
戦前、戦中、戦後を、木戸は祖父の代と重ねて探ってはいなかったでしょうか?

切実な問題を語り続けるシーンの連続でしたが、幼馴染の近衛文麿とのことを語るときには、微笑ましくも感じられました。
でも、お友達同士で国を動かしていると、落とし穴もあるな・・・とも思わされました。
そういや、木戸幸一はゴルフが趣味。
このことが、その後の国の状態を大きく動かしていきました。
ドラマで、ぜひ、ご確認を!!!!

それにしても・・・です。
かつて大河ドラマ「翔ぶが如く」で薩摩藩士、有村俊斎(海江田信義)を演じ、生麦事件として残るイギリス人殺傷事件に関わりましたが、演じることで歴史を感じることを重ねていると、妙な感覚に襲われます。
同じく大河ドラマ「花の乱」では、足利義視を演じ、応仁の乱へと突入。
小泉八雲〜ラフカディオ・ハーンの朗読を続けていると、明治の空気がよく分かります。
ハーンが来日し、程なく日清戦争が始まり、亡くなる年に、日露戦争へと突入します。
戦地ではなく、戦争中に、市井の人たちがどう過ごしていたか・・・が感じられ、急激にそれまでの歴史の中でのあり方とは違う天皇の姿が浮かび上がってきます。 大東亜戦争にまつわるドラマでは、吉田茂を描いた「負けて、勝つ」で広田弘毅を演じ、東京裁判で唯一文官で絞首刑となりました。
その広田弘毅は226事件で岡田内閣総辞職後、首相となり、思想犯保護観察法を可決。
五社英雄監督「2・26」では、栗原安秀中尉を務めましたが、栗原は、奇遇にも同郷の松江の生まれでした。 当時、撮影現場に河野寿の兄、河野司さんが陣中見舞いにいらっしゃいましたが、僕の顔を見て「栗原にそっくりだ」とおっしゃいましたっけ。
ソクーロフ監督の「太陽」では、天皇の侍従長、藤田尚徳と、マッカーサーの副官、ボナ・フェラーズの声を(監督の指示で、ロシアの俳優が演じるロシア訛りの英語では奇妙に感じられ、学生時代から日本人との付き合いもある副官は日本語なまりの英語で陛下や侍従長に語りかける方が望ましいとのことから)任されました。
結果、一人で侍従長と副官の会話を交わすこととなるシーンもありました。
この、ボナ・フェラーズは、ラフカディオ・ハーンを読破しており、日本の精神をもよく理解し、マッカーサーに助言したのでした。
「日本の面影」などに記されている出雲、松江や京都が空襲から免れたのも、このためだったと言います。
書物を愛したフェラーズは、東京大空襲で焼け残った世界一の神保町の古本屋街もまた残すよう助言したのではなかったか?とも想像するけれど、これは、またの機会に正確なところを知りたいものです。
江戸川乱歩も朗読や映画ドラマ、ドキュメンタリー番組など何本もの作品に携わってきましたが、大正末期、戦前戦後と、明智小五郎や小林少年の登場や怪人二十面相の登場の有無、「芋虫」など、軍部批判と受け止められ昭和14年、1939年に発禁処分を受けるに至る経緯や、筆を折らざるを得なかった戦中のことなどを通して、作品の流れから時代を強く感じることのできる作家だと思います。

こちらも、還暦を過ぎ、様々な役柄を演じてきたからこそ感じられるこの列島の来し方行く末を想うようになってきたのかもしれません。
この先も、まだまだ、歴史をタイムスリップしながら、温故知新を続けていきたいものです。
日々平穏な未来が続くようにとの願いを込めながら。
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橘井堂二〇十七年文月二十三日

ドキュメンタリー&ドラマの撮影中。
ご依頼いただいたお仕事には、悔いのないよう、準備万端で!!・・・と行きたいところだが、そうはいかない時もある。
急なご依頼。
舞台ならば1〜2年ぐらい前から小屋を抑えなければならないこともあり、早くから決まっているので心構えはできる。
連続ドラマなどでも、半年ぐらい前から、なんとなく心の準備もできる。
2時間ドラマや映画で、急に現場に入ることもあるけれど、それでも2〜3週間前には準備稿はいただける。
・・・が、今回はドキュメンタリーとドラマというイレギュラーな取り組みなので、制作体制もちょっと違う。
・・・2時間枠の番組、膨大なセリフがシナリオには書かれてあるが、これを撮影に入るまでの一週間で覚えなければならない。
もちろん、ただ覚えりゃあいいものではなく、内容をよく理解し、その状態を身体で探り、染み込ませなければならない。
時間との戦い・・・無理!!!と、諦めるわけにゃあいかない。
やるだけはやる。
現場に入り、追いついていかなかった部分は、現場でやるしかない。
そんな時は、思い切りわがままになる。
納得がいくまで、監督、スタッフの皆さんにおつきあいいただく。
「カンペー(カンニングペーパー)出しましょうか?」と監督からの甘い誘惑。
膨大な長ゼリフを前にして、一瞬心が揺らぐが、心を鬼にする。
マーロン・ブランドや三木のり平さんは、撮影現場でカンペー読んでても、素晴らしい演技・・・なんて話もチラホラ出る。
が、残念ながら、わたしゃ器が違う。^^”
凡人は努力あるのみ・・・。

頂上までは、まだまだの道のりだが、目の前の一瞬を捉え続けるしか辿りつく方法はないことを、改めて痛感させられている現場である。
いっぱいいっぱいでのたうち回っている姿が、画面に緊張感をもたらしてくれるならば、ありがたい。

なんの番組かは、お楽しみ!!^^”

それにしても、不思議なのは、仕事とは直接関係なく興味を持っている世界の役柄と出会うことだ。
目に見えない力によって、導かれて・・・とは、よく言われる言葉だが、ここのところ、そのことを強く感じる。
それだけに、ちゃんとやれ!!!と、その、誰かに言われているように感じる。

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★以前、小林多喜二と母親の世界を描いた映画「母」で訪れたロケ現場に再び。



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★梅雨明けした夏の青空。思いの外、涼しい風が流れてきました。景色に癒されながらセリフと格闘‼︎^^;


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橘井堂二〇十七年文月十日

7月9日に、熊本城二の丸、城彩苑にて小泉八雲・朗読のしらべ「望郷」の上演を行いました。
折しも九州地方は豪雨に見舞われ、スタッフ、出演者、みんな熊本入りできるのかどうか不安でおりましたが、前日入りした時は晴れておりました。 当日も開演直前に雨が降ったものの、終演時には晴れ上がり、なんとか無事に終えることができました。
150人ほどの小さなホールでしたので、早くからチケットは売り切れており、多くの方々にご覧いただけなかったのは残念でしたが、お客様は皆、集中して聴いてくださり、なん度も上演してきた「望郷」ですが、今回もまた、新たな発見のある作品となりました。
熊本城は修復のため作業用の幕に覆われ立ち入ることはできませんでしたが、少しづつ復旧を進めていらっっしゃり、石垣ひとつ組むのにも、同じ材質の石、同じ年代の石同士を組み合わせるとのことで、二度と崩れることのないようにと、築城当時の堅強な手法に習っていらっしゃるとのことでした。
古くに組まれた石垣は崩れにくく、近代になって修復、組み直された石垣の方が崩れてしまったとのことでした。
テクノロジーの進化とはなんなのか、考えさせられる熊本城でもありました。
熊本市内の劇場やコンサートホールは、震災で修復が必要なところが多く、そのため、スケジュールも調整が大変だったようで、今回の熊本城内での公演となったのですが、今年の私は松江城や備中松山城での撮影があったりと、お城づいている感じがします。
熊本アイルランド協会、熊本八雲会の会長さんたちともお話しさせて頂いたのですが、古事記ゆかりの出雲から肥国への小泉八雲の動線は、神話の時代のみならず、戦国、幕末、現代に至るまでの繋がりとも重なり、実は深い縁があるのだとも感じさせられました。

熊本を舞台とした「停車場にて」は警官に捕らえられた強盗殺人犯と、殺された警官の未亡人と幼子との対面を描いた人情話ですが、平井呈一訳はべらんめえの江戸っ子語りで、ご当地での上演で違和感がなくはなかったのですが、付け焼き刃の熊本弁だと、さらに違和感があるだろうと、開き直って平井訳で通しました。
でも、いつか、熊本弁にも挑戦してみたいです。
九州、熊本のことを記した小泉八雲作品、まだまだありますしね。
また、ぜひ、訪れたい熊本でありました。

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★いつもどおり、まずは小泉凡さんの講演で、小泉八雲の世界へと誘っていただきます。



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★朗読とはいえ、つい、大きく体を使ってしまうことも・・・。



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★原稿を、一枚一枚、譜面のようにめくって世界に入っていきます。



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★じっと聞き入ってくださる熊本のお客様たち。


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★これは、番外編の「生き神」、津波が襲ってくるところ。


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★山本恭司のギターあればこその、朗読のしらべです🎶


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★キョージの音を頼りに、次の世界へと入っていきます。

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橘井堂二〇十七年文月五日

梅雨まっただなか。
加えて台風。
関東地方は今の所、まだ大雨・・・って感じではないですが、これからかな〜?
みなさま、どうぞ、お気を付けください。

ずいぶん、撮影の間が空いてしまったのですが、映画の撮影、クランクアップしました。
イケメン、秀才の息子を持つオトーサン役。
国会議員の役だったのですが、現実の議員の皆さんの個性に比べると、薄味だったかな〜?^^”
ともあれ、短い時間でしたが、勢いのある若い俳優さんたちとの撮影、楽しかったです🎶

まあ、今に始まったことではないのですが、ここのところ、日々、違う仕事で、あれやこれや。
FM東京、恵俊彰さんの番組「Challenge Stories」の収録があったり、9日に控えている熊本での「小泉八雲 朗読のしらべ『望郷』」と8月26日の下関での『夢幻』のリハーサルや、秋の白石加代子さんとの「笑った分だけ、怖くなる vol.2」の本読み、打ち合わせなどもあり、チェンネルをうまく切り替えていかないと、テンパってしまいそう・・・。
目の前のことを、冷静に、ひとつづつ。

小泉八雲や古事記、江戸川乱歩、妖怪〜水木しげる、ゴジラ、ウルトラマン・・・など、好きな世界のお仕事に携われるのは、なんとも幸せで贅沢なのですが、知れば知るほど、勉強しなければならないことも増えてきます。 まだまだ新しい発見が、次々にあるので、俳優業の方にもフィードバックしなければ!!!

特撮の神様、円谷英二さんの番組のナビゲーターを仰せつかったのですが、今も続くゴジラやウルトラマンのシリーズ、初めて「キングコング対ゴジラ」や「ウルトラQ」を観た時の興奮は今でもまざまざと蘇ってきます。
こうして、ずっとシリーズが続いている作品には、変わらぬ普遍性を持つ何かがあるんでしょうね?
ここまできたら、死ぬまでのめり込み続けますよ!!!!

新宿、紀伊国屋書店での岡本雜享さんのご著書「出雲を原郷とする人たち」の出版記念を兼ねたトークイベントにも参加させていただきました。
古事記研究の第一人者、三浦佑之さんとの鼎談は大いに盛り上がり、打ち上げでは関係者の皆さんも集い、さらにヒートアップ!!!
1980年代以降に発見された出雲での遺跡の数々などによって、出雲をキーワードとして、環日本海、瀬戸内、熊野、そして会津など、太平洋側の東北にまで巡らされていた古代のネットワークが実証されていく中、それでも、基本的には国家によって明治に作られた神世の国からの日本という国の歴史観を今一度リセットして学び直すことができたらな・・・と思うのでした。

そんななか、久しぶりに渋谷、クアトロの遠藤賢司さんのライブに行って、心洗われました🎶
中学生の頃から聴き続けてきたエンケンさんの音楽。
今回は3枚目のアルバム、「嘆きのウクレレ」を中心に。
「プンプンプン」はレコーディングの時と同じ、頭脳警察のトシさんと。 エンケンバンドの湯川トーベンさんもアコースティックギターやアコースティックベースで参加して、本当に心豊かになりました。
とにかく、ものすごく音が良かったし、病気のことなんか微塵も感じさせずに、最後は新曲まで!!!!!
次はハードロックアルバムらしいので、こちらも楽しみです🎶

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★祖師ケ谷大蔵駅前のウルトラマン像。円谷プロ、発祥の地!!



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★左より古代、伝承文学者の三浦佑之さん、社会学者の岡本雜享さん、俳優の佐野。



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★左から漫画家の浦沢直樹さん、純音楽家の遠藤賢司さん、佐野、ドラマーの森信行(ex.くるり)さん。渋谷BYGにて。



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★上野、国立西洋美術館のアルチンボルド展。澁澤龍彦さんを通して知った奇々怪々の数々。
刺激を受けます🎶


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★初めて西洋美術館に行ったのは3歳だったか?
ブラジルで活躍した廣田建一さんが絵の先生で、よく連れてきてもらっていた。


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★ロダンのカレーの市民、60年近くも前のことなのに、ありありと覚えている。


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★地獄門。考える人は、この中の一部だとちっちゃい頃に教わった。開けてみたい。

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